「先生」と呼ばれる弁護士さんですが、色々な先生がいらっしゃるものです

「先生」と呼ばれる職業には、教師、医師、弁護士が代表に挙げられます。このうち、教師に当たりはずれがあるのには、多くの人が実感しているのではないでしょうか。教育者の質にばらつきがあることは、困ったことです。口コミの大阪で交通事故の相談をするならそれでも大抵の場合、私達はなんとかやり過ごしています。それに比べれば、医師は、それほど大きなはずれは無いように見受けられます。とは言っても、私は、医師にもトンデモ医師がいると驚いたことがあります。患者の言葉を途中で遮り、その症状についての自分の見解を述べる医師です。私の訴えが、先生に通じないという空しい診察でした。他にも、エキセントリックな医師に遭遇したことがあります。尤も、こちらは診察の中身はまともでしたが。それにしても、医師は患者とコミュニケーションが取れることが欠かせません。その意味で、医師は比較的、質的に均一ではないでしょうか。さて、弁護士の先生方とは、普段あまり接する機会がありません。法律上のトラブルの際に、お世話になる程度です。ですから、弁護士の先生については、ドラマやニュース等で見てイメージすることがほとんどです。そこからのイメージとしては、弁護士は依頼人の為に、法律や判例、経験を駆使して仕事をしているというところでしょうか。私も同じようなイメージを持っていました。実は私は、昔在籍していた会社で、仕事上で法的なトラブルを抱え、社長から会社の顧問弁護士を紹介されたことがあります。その弁護士は、お父様の代から顧問弁護士を引き受けていた二代目でした。トラブルの相談で、弁護士にアポイントを取り、社長と出かけたことがあります。当時私はぼんやりで、気付きませんでしたが、顧客の、それも社長自ら弁護士事務所に赴いたのです。本来、弁護士が社長を訪ねるもののはずです。その上、約束の時間に他の客と会っていました。すぐに会談を切り上げることもせず、しばらく社長と私を待たせました。ようやく部屋に通されても、結局こちらの相談事でなく、とりとめのない話に終始した記憶があります。私は幾度かその弁護士を訪ねましたが、常に約束の時間には他の客と会談していました。外出していたこともあります。その弁護士とは、まともな相談ができず、他の形で、トラブル処理をしました。顧問弁護士が話にならないと判断したのか、社長は他の弁護士を私に紹介してくれました。他の場合でも、トラブル対応してもらえるようにとの配慮でした。その新しい弁護士が、私の知るもう一人の弁護士です。ごく普通に、相談事にのって下さる対応でした。安心して相談できるなという印象を持ちました。ただ、この場合は私が頓珍漢で、相談と言うより、法律上の疑問ばかりをぶつけてしまい、後で大汗をかいたものです。頓珍漢な私の訪問でしたが、その後、丁寧に賀状をいただきました。印象のよい弁護士でした。考えれば当たり前ですが、弁護士も色々な先生がいます。2人の弁護士を知り、私はそのことを痛感しました。